残暑見舞い無料配布小説 その一: ふしぎ遊戯



「あ・づ・い。」

俊宇はそうぼやいて床に寝転がった。
日本はただいま猛暑であった。
アテネ・オリンピックは終わったというのに、
いまだに興奮冷めやらぬといった具合で
それがさらに暑さをひどくしているような気さえする。

「なー芳准ー。
エアコンほんまにMAXかかっとるんかぁー?」

今大学生である俊宇は恋人である芳准の住んでいる
マンションにお邪魔していた。
芳准は立派な社会人でそれなりの暮らしができるほどには収入を得ていた。
だから俊宇も頻繁にここにやってくるのだけれど。

「かけてあるのだ。
まったく、俊宇がくると電気代がバカ高くなるのだ。」

と、ぶつぶつぼやくのだが、決して俊宇を追い出したり、
『二度とくるな。』と言いつけたりはしない。
俊宇が来てくれることがとてもうれしいから。
特に最近は仕事が忙しく、あまりかまってやれなかったから
久しぶりの二人きりの時間なのだ。

「せやかてなぁー。」
「そんなに言うんだったら今度もっと涼しいところにいけばいいのだ。
カナダなんて今年はすごい冷夏らしいのだ。」

その問いに俊宇は間髪いれずに『いやや。』と答えた。
遠すぎる、というのもあるが、何より英語を話すのがいやなのだろう。
そんなわかりやすい恋人の反応に芳准は苦笑する。
水割りを二つ、そしてつまみを用意してテレビの前へ持ってゆく。

「俊宇、飲むのだ?」

そう問うと俊宇は今までのやる気のなさはどこへやら、
ぴょんと起き上がると芳准の元へと駆け寄った。

「芳准、気ぃきくなぁーv
ほな、いただきまーすv」

そういうと一気にその水割りを喉に流し込んだ。

「くぅーっ!うまいっ!」
「俊宇…それはオヤジのビールの飲み方なのだ。」
「ええねん。
うまいもんはうまいんやから。」

そういって俊宇はつまみのチーズを口に放り込む。

「なーなー、もういっぱいええか?」
「飲みすぎは体によくないのだ。」

といって俊宇が素直に言うことを聞いたためしはない。
『いややー。』と駄々をこねる俊宇を芳准はなだめるつもりにもなれずに、
台所に戻ってもういっぱい水割りを用意する。
もちろん、かなり薄めて。

「芳准ー。
はよう来ぃやー。」

いつになくご機嫌な俊宇を、芳准はとことん甘やかしてやろうと思った。
今日と明日が過ぎれば長期間の出張に出かけなければならない。
いくら強がっても俊宇がこの数ヶ月、
どれだけ寂しい思いをしていたのか芳准にはわかる。
自分とて俊宇がいなくて寂しい思いをしていたのだから。



思う存分話して、思う存分食べて、思う存分飲んで。
そんな時間はあっという間に過ぎてしまった。

「俊宇。
おきるのだ。
寝るんならベッドにいくのだ。」
「むー。
ええやんかー。」

すっかり酔いつぶれてしまった俊宇はソファの上で寝てしまっていた。
芳准は散らかした後を片付けて俊宇を起こそうとするが俊宇は動こうとしない。

「まったく…。」

芳准はそういうと俊宇をおぶって居間を後にした。
芳准はかなり着やせするタイプで、
俊宇でさえびっくりするほど腕力がある。
あの俊宇をいとも簡単に抱えたりおぶったりしてしまうのだから。
芳准は自分のベッドルームのドアを開け、
ベッドサイドの明かりをつけると俊宇をベッドに寝かせた。

「俊宇…。」

自分もそこに腰掛けて俊宇の前髪をそっと指ですくいあげる。
さらさらと指からこぼれ落ちてゆく感触が好きで、何度も何度も同じ
動作を繰り返す。
そうしていると俊宇の目がそっと開かれて芳准を見つめた。

「起こしてしまったのだ?」
「いや…。」

俊宇はいきなり芳准を抱き寄せたかと思うとその唇に自分のを押し付けた。

「ふ…ん…。」

触れるだけではない、とても深い口付けを二人は交わした。
しばらくしてからどちらともなく離れてお互いを見詰め合う。

「な、しよ?」

その声は酔いのせいなのか、夜の魔法のせいなのか、
いつもより艶があっておもわず芳准はどきっとした。

「いいけど…途中で酔いつぶれて寝てしまう、
というオチはいやなのだ。」
「んなことあるかい。」

俊宇はそういうと今度は軽く、触れるだけの口付けを芳准にプレゼントした。

「いつもより、強う抱いてぇな。」

この時間が終わったら、明日がくる。
明日が終わればまた離れ離れだから。

「芳准の香りが、俺の体から消えへんほど強う抱いてぇな。」
「…わかったのだ。」

芳准はそう返事をして俊宇の額に口付ける。
そしてまぶた、鼻、頬、唇に羽が触れるようなやわらかい口付けを。
それが始まりの合図。

「今夜は寝かせないのだ。」
「上等。」

そういって俊宇は芳准の背に腕をまわした。



いつの間にかあれほどじっとりとしていた暑さはもう感じなくなっていて、
唯一感じるのは心地よい、お互いの熱だけだった。



「ほな、時間やな。」
「ああ。」

空港で。
芳准の乗る便がもうすぐ出発という放送が聞こえて
芳准は手荷物を持っていすから立ち上がった。
さあ、これでしばらくお別れだ。

「俊宇、メールちゃんと送るのだ。」
「へいへい。
そっちこそ、忙しゅうないときは電話せえよ?」

お決まりの文句を言い合いながら二人はゲートへ向かう。

「俊宇。いってくるのだ。」

そう、ここでお別れだ。
たった数ヶ月だけれど、きっと気の遠くなるような数ヶ月になるのだろう。

「ああ、いってらっさい。
無事に帰って来ぃへんと承知せえへんからな。」

『はいはい。』と芳准は返事をして俊宇の後頭部に手を添えてそっと
引き寄せる。
しばし見詰め合った、お互い目を閉じて口付けを交わす。
そっと、触れるだけの口付け。
けれど、とろけるほど甘い口付け。

「ほなな。」
「ああ。」

芳准はそういうとゲートの向こうへと消えていった。
俊宇は芳准の後姿が見えなくなるまでずっとその通路を見つめていた。
見えなくなったあとは芳准の乗った飛行機を見送って
俊宇はほう、とため息をついた。



そして、普段は恥ずかしがってなかなか口にしない言葉を、
二人同時に心の中でつぶやく。

『愛している。』

それはお互いの心に届いたのか、それは本人たちしか知らない。











  ☆管理人からのコメント☆

柊様のサイトで残暑お見舞いとしてフリー配布していた小説ですvv
甘い!!
とっても素敵ですvvv
現代風なのもまた素敵ですv
とっても素敵な残暑お見舞いを頂いてしまいました〜(*^−^*)

柊様、本当にどうもありがとうございました〜☆



※HP用に多少加工いたしました。
 尚内容はまったく変わりありません!