浴衣

夏祭りの時着れなかったんだよなぁ…

こっちの世界に居る時にもう一回着るのは無理だろうなぁ…










お祭りと愛しい人と









「俺さ、暫く実家帰んねんけど…も一緒に帰らへん?」


予想外の言葉に少し驚く
普段より明らかに機嫌のいい翼宿が、開口一番笑顔こう言ったのだから驚くのも無理は無いかもしれない。
にこにこと笑う翼宿はいつもより幼く見える。可愛い…と心の中で思ってしまう。
実際口に出したら照れて怒る、照れながら…怒る。自分より年上のくせに、たまに幼い面も見せる翼宿。
そんな所も、全部ひっくるめて好きなんだけど。


「今日、俺の地元で秋祭りがあんねん!」


当然、断る理由なんて無い訳で…。
は二つ返事でOKした。夏に着れなかった浴衣も着たいし…と。
翼宿が部屋から上機嫌で出て行った後、柳宿と美朱がにやりと笑う。


「やったね、!!」

「もうそういう仲になっちゃう訳かぁ…展開早いわよねぇ」

「……?」


二人が何を言いたいのか分からず、首を傾げる。
柳宿と美朱は二人で顔を見合わせてもう一度笑った。


「実家に帰る…って事は親に紹介するって事じゃない!?」


決定な訳じゃないけど、そういう可能性もあるという事。
頭の中を色んな考えが巡って、は少し俯いた。美朱達から、少し赤い自分の顔を隠す様に。
かつての恋人は元々親が居なかった。だから結婚しようって言われてもそういう事って無くて…。


浴衣着るんでしょ?」

「え?あ…うん」

「そうと決まれば…」



「え?え?え゛ーーーーーーー!?」











      ■ □ ■ □ ■










今日はちょうど気温も高く、浴衣を着ていても寒いという事は無かった。
柳宿によって高く結い上げられた髪と、薄く施された化粧。
用意を済ませた翼宿が宮廷で待っていた。の姿を見て目を丸くする。
照れるように視線を外し、小さな声で一言。


「……綺麗やん」


翼宿がそんな事を言うのは珍しい。
言われ慣れない言葉に思わずも照れてしまう。
馬に乗る際、浴衣が着崩れないようにと翼宿の後ろに横向きに座った。
服の端をつまむ様に持てば、「もっとちゃんと掴まっとき」と声が掛かる。
今度はぎゅっと横向きに抱き付く様な体勢で。自分より少し高い体温にドキドキする。
馬が走る振動が伝わってくる。その上で、ほんの少しだけ緊張していた。

翼宿の地元…どんなとこ何だろう…と。










「此処や!」


一時間位走った所で翼宿が馬を止めた。
少しうとうとしてた目を開け、翼宿の視線の先を見る。
まだ祭りは始まっていないが、既に準備が殆ど終わり、賑わいを見せていた。
荷物を運んでいた女性が、此方を見つけ駆け寄ってきた。


「俊宇!ちゃん!」


その女性は、翼宿の姉・愛瞳。
綺麗に化粧をしていて最初は誰だか分からなかった。愛瞳とは前に至t山であった以来だ。


ちゃんめっちゃ綺麗やわぁ…v」

「愛瞳さんも綺麗ですよー」


女同士で盛り上がって、面白くない様子の翼宿。
ぱっと夏海の手をとると、「家におかん等居るやんな!?」と愛瞳に聞く。
愛瞳が答えようと口を開く前に「また後でなーv」と走り出した。
はいきなりの事に少し驚きながらも、翼宿に手を引っ張られて走った。カランコロンと下駄が音を立てる。
翼宿がの方を振り向いてにこっと笑う。それからに合わせて少しペースを落とした。





いつの間にか、小走りから歩きに変わっていた。
軽くつないだ手を揺らす。恋人達の姿は現実世界と何も変わらない。
何故か少し嬉しくなって、にこにこと笑う。そんなの様子を見て、翼宿も嬉しそうに微笑んだ。
翼宿が一軒の家の前で立ち止まる。


「此処?」

「せや!」


翼宿が「帰ったでーv」と扉を開ける。中からはご馳走のいい匂いがした。
中には女の人が一杯…。女系家族だと聞いていたから、お姉さんだという事はすぐに分かった。
お父さんは居ないのかな?と思いながら家の中をそっと見る。
机の端にそれらしき人が居た。あまりにも影が薄い。多分だから気付けたのだろう。
扉から控えめに顔を覗かせるを見て、お姉さん達がわっとよって来る。


「何!?俊宇の彼女!?」

「めっちゃ可愛いーv」

「こんなに可愛い子やのに…。本間にアンタの彼女なん?」

「案外強迫して連れて歩いてたりしてー?」


言いたい放題色んな事を言う四人の姉達。
はどうコメントしていいか分からず、焦る。


「本間に俺の彼女や!姉キ等の気迫に圧されて困っとるやんけ!!」


そう言うと翼宿はを自分の腕の中に引っ張る。
を庇うように。バランスを崩した夏海はそのまま翼宿の腕の中へ。
突然の事に思わず頬が赤くなる。


「俊宇に彼女やて…」

「アンタ恋愛事疎いねんから、嫌われん様に頑張りや」

「〜〜余計なお世話や!!」


顔を上げれば頬の赤い翼宿が眼に映る。
、行くで」との手を引っ張り、祭りの行われる広場へ向かった。
何のために家に寄ったのか分からない位、短時間しか其処に居なかった。
それでも、家族に「彼女や!」と言ってくれたのが嬉しくて、ぎゅっと翼宿の腕に自分の腕を絡めた。









「あー!あったあった!!」


翼宿が何かを見つけて小走りになる。先にあったのは金魚すくいの屋台。
近づいていくと、小さい金魚達の中に大きな鯉の様なデメキンが居るのが分かった。
翼宿が「小さい頃からあのデメキン狙ってんねんけど全然取れへんねん」と子供のように笑う。


「おっちゃん、今年こそアイツ取るで!!」

「兄ちゃん毎年挑戦しとるもんなぁ…。でもあれは難しいで?」


屋台の小父さんとは顔見知りのようだった。
デメキン自体も相当な歳の様だ。金魚達の声が聞こえてくる。


『あーコイツ、爺さん取るのが目標なんだー』

『爺さんも歳なんだからいい加減捕まってみれば?』

『まだまだ。毎年こいつから逃げるんが楽しみでのぅ…』


そんな会話に思わず笑ってしまう。
必死に逃げるデメキンと、必死に捕まえようとする翼宿。見ていて厭きない。
何度も挑戦した後、隣に居るに顔を向ける。


もやってみぃへん?」

「うーん…私金魚すくいって苦手で…。」

「何が得意なん?」

「射的とか」


あー…そんな感じ。
と翼宿は内心呟く。気弾とか、たまより命中率高いもんなぁ…。
そんな話をしていると、もうすぐ祭りも終わり。
あと少しで朱雀のお神輿が金物をじゃらじゃら言わせながらやって来る。


「もうすぐ神輿が来るで!行こ!」


そう言って屋台から離れた。
「一番早う登ったらこんくらいの月餅くれんねん!」
翼宿は絶対一番になったる!と言いながら笑う。
「怪我しない程度にガンバッテクダサイ」とも一緒になって微笑む。








「……林檎飴食べたい」


屋台を見てが呟くように言う。
小さい頃からお祭りといえばコレ。翼宿に買ってもらった林檎飴を片手に上機嫌。


「翼宿は?食べないの?」

「俺一個はちょっと甘ったるくて…」

「じゃー居る?一口」


何気ない一言。
一個は甘ったるくて食べられないと言うのなら…となりの気遣い。
既にが食べ始めている林檎飴。よくよく考えたら間接キスな訳で…。
でもはその事に気付いていないよう、というより大して気にしていない様だ。
翼宿の頬が少し赤くなって、から林檎飴を受け取る。口を付ければ口内に林檎の甘味が広がる。

その林檎飴は 何故か ひどく甘かった――









もうすぐ神輿が来ると言う頃。
酔っ払いの声が達の耳に届いた。酔った勢いで喧嘩を始めたらしい。
片方は短剣を持っている。何かあっても可笑しくない。
は翼宿から離れ、喧嘩が起こっている方へ。


「ちょっと!止めときなよ!!周りの人皆迷惑してるの分かんないの!?」

「あ゛ぁ?怪我したくなかったら退いときな!!」


その言葉に軽くがキレた。
怪我したくなかったら…って、此処で暴れる気満々じゃない!と。
喧嘩をしている男二人の真ん中に入り、にこっと笑う。


「……怪我したくなかったら喧嘩すんの止めな?」


身体が紅く光、頬に『幸』の字が浮かぶ。
の人の良さそうな黒い笑みが逆に恐怖を誘う。


「「……はい」」


その言葉を聞き届けると、字がふっと消える。
「怪我してる人は居ませんかー?」と聞くと小さな女の子を連れた母親がの方に来る。


「この子突き飛ばされたみたいで…」


女の子の膝には傷があって其処から血が流れている。何か鋭い物に当たったのだろうか。
は右手を女の子の膝へ。「ジーヴァ(回復)」と小さく呟く。
傷が癒えていくのを周りの人々は驚きを隠せない様子で見ていた。










!!」


振り向けば息を切らした翼宿が居た。
そう言えば何も言わずに来ちゃったんだっけ…。


「〜〜何処に居るかと思えば…!またお前は危ない事しよって…!!」

「ごめんごめん。……あれ?お神輿は?」

「終わってもうた」

「……ごめんなさい」


あんなに楽しみにしてたのに…と言いながらは俯く。
の頭に翼宿はポンと手を置いた。それに少し驚いて顔を上げる。


「…まぁ、が無事ならええんやけどな。」


お前困っとる奴見捨てられんしな、と言う翼宿は笑顔。
いつだって優しい。彼はきっと太陽、私にとっての…太陽。
心配してくれたのが嬉しくて、ぎゅっと翼宿の腕に引っ付いた。腕を絡めて、歩き出す。












、帰りは後ろや無くて前に乗り」


馬の前で、翼宿がに言う。
は 何で? と首を傾げている。


「もう夜遅いし…お前が落ちとっても分からんからな」

「何それ!?ひどーーい!!」


文句言いつつも、翼宿に言われた通りに前に座る。
翼宿が見えないのが聊か不安というか、不満というか…。
何処に掴まればいいか分からなくて少し戸惑う。結局手綱を軽く握っただけ。
背中に翼宿の体温を感じる。何となく自分の背中が熱を持ったような気がする。
「大丈夫か?」と声が掛かって、気遣ってくれてるのが分かる。こういう優しい所が、……好きだなぁ…。












何で前に乗れって言うたんかって?

本気でが馬から落ちるなんて思ってへん

ただ単に…

また一人で何処かに行かへんように

さっきは急に居なくなってもうたから…心配してんで?





俺は自分の前に居るの背中に問いかけた。
トサッとが俺の方へ倒れてきた。顔を覗き込めばすーすーと寝息を立てている。
半分振り返るような姿勢で、俺の服を掴む。


「……翼宿…」


寝言でが俺の名前を呼んだ。
また少し身体を俺のほうへ近づける。本間に寝とんのか…?
寝言で自分の名前を呼ぶなんて…。嬉しくて、顔が熱い。





「落とさへんようにせなあかんな……」





呟くようにそう言うと、俺は馬を走らせるスピードを緩めた。











  ☆管理人からのコメント☆

夏海様のサイトが20000打突破したと言う事でフリー配布なさってたんですよ〜w
またまた(ホントにいつものことながら・・・)貰ってきてしまいました〜(^^;)
とっても素敵なんですもんっ
すっごく甘々ですよね〜vv
夢主、羨ましすぎる〜(>_<)
あれが私なら・・・・・(爆)



※HP用に多少加工いたしました。
 尚内容はまったく変わりありません!