小さい頃はずっと同じ場所にいて

ずっと同じ事をしてきて 一緒に大きくなって

でも今は 遠くて遠くて 苦しいの――








キミとの距離






此処は紅南国・至t山。
山賊の居るその山に、彼女と同じ年頃の女の子は近寄ろうとしない。
だから毎日のように至t山に通う彼女を同じ年頃の娘達は不思議そうに見ていた。




今日もは至t山の険しい山道を登っていた。
侵入者用の罠に引っかかるようなトジな真似はしない。
沢山ある罠も毎日通っていれば何処に何があるのか嫌でも覚えてしまう。
いつもと同じ、だけど今日はいつもと違った。いたる所に同じ年頃の娘達の姿が。
何だろう?不思議に思ったが、は大して気にも留めず砦を目指した。


「俊宇ー!!」


砦内は既に顔パス。は迷う事無く一番奥の部屋の扉を開け放った。
目的の人物は寝台の上でスースーと子供の様な寝息を立てている。
彼はの存在は勿論、自室の扉を開けられた事にも気付いていないだろう。意識はすっかり夢の中だ。
は呆れたように溜息をつくと、ツカツカと寝台の前まで行き、薄い布団を剥ぎ取った。
…が、一向に目を覚ます気配が無い。


「俊宇!…幻狼さーん?早く起きないと頭としてどーなのよ?」


軽く力を入れて中々起きない彼の身体を揺すってみる。
ん…、と短い声が聞こえたがまだ起きない。「後五分ー。」状態なのだろうか。


「ちょっといい加減に…


いい加減に起きなさいよ
そう言い掛けた時、は布団から伸びた手に思いっきり引っ張られた。
当然、男の力に勝てるはずも無く、細いの身体は布団に引き込まれる。
抵抗も空しく、彼はを抱きしめる形で再び眠りについた。心底安心しきったような顔をして。

あたしはあんたの抱き枕か。
大体何で起こしに来たのに一緒に布団に入る羽目に…

心の中で夏海は延々と抗議を続ける。
まぁ、思いっきり顔を赤くしていて説得力も無いが。








「……何でお前こんなトコ居んねん!?夜這いか!?」

「あんたが引っ張り込んだんでしょーがッッ!!!!!」


スパーン!!!
数分後、幻狼の部屋に景気のいい音が響いた。
それは幻狼の持つ鉄扇でが彼の頭をはたいた音。
恋人同士だったらびっくりしたで済んで、一緒に笑い合っちゃったりするんだろうけど、この二人は違う。
生まれた時から一緒で、ずっと一緒に遊んで育ってきた。
家が隣同士の幼馴染と言うヤツだ。は彼の姉達とも仲がよく、本当の妹のように可愛がられている。

幼馴染のポジションにあたるのは彼にはには彼しか居ない。
友達よりも大切で恋人と言うには少し違う。近いのか遠いのか分からないような関係。








        ■ □ ■ □ ■








「さっきめっちゃええ音したなぁ…。廊下伝って丸聞こえやったで」


面白そうに、楽しそうに、親友・攻児は笑う。
攻児とは仲がいい。例え俊宇が居なくても親友になれる位に。
笑い事じゃない、とは大きく溜息をついた。


「親切で起こしに来てあげたのに、夜這いとか言われたのよ?自分が寝惚けてたくせにさー。」


は毎日、この山に遊びに来るついでに俊宇を起こす。
俊宇を起こす為に来て、ついでに遊んでいくのかは本人しか分からない事だが。
俊宇はどちらかと言えば早寝早起きタイプだが、一度リズムが崩れると一気に夜型の人間になってしまう。
放っておけばいずれは起きてくる。が、寝起きの悪い彼は中々寝惚けた状態からは抜けだせない。
誰が起こしに行っても彼は起きない。が起こすと必ず起きる。
そのせいか、が毎日彼を起こすのは、二人にとっての日課のようなものだった。








「そや、今日めっちゃおもろいもん見っけてん♪」

他愛も無い会話をしていた途中、攻児が思い出したように手を叩いた。
不思議そうに彼を見つめる俊宇と。攻児が取り出したのは一枚の紙だった。
渡された紙を見つめて、は首をかしげた。
眼鏡をかけた好青年が斜め45度でカメラ目線。キバが妙に不自然だ。


「何?コレ」

「ヨク様やって」

「何やねん、ヨク様って」

「お前の事や、幻狼♪」


最初は意味が分からなかった二人だったが、攻児の説明を聞くうちには噴出した。
ヨク様とは朱雀七星士・翼宿の翼の字を取ったものだった。
彼女が今朝見た娘達は"ヨク様"、つまり俊宇を追って此処まで来ていたという事になる。
本来ならば、そんないい気分はしないだろう。自分の好きな人が、他の女の子達に追われているのだから。
が、此処まで似顔絵が似ていなければ逆に笑えるというものだ。何を根拠に作ったんだ、何を。


「…ま、大丈夫やろ。コレ全然似てへんし…、女達もすぐに諦めるやろ」


翌日、その翌日。そのまた翌日。
ついには一週間が過ぎ、もうすぐ二週間が過ぎようとしていた。
女の子達の数は一向に減る気配を見せない。逆に増えているような気もする。
中には山賊の家族や友人になりすまして砦内に入ろうとした娘も居る。
山賊達は仕事をする事が出来ず、熱狂的な娘達の対応に追われていた。


「どうすんの、コレ」

「〜〜どうするもこうするもないわ」


仕事出来んくてかなわん、と俊宇は大きく溜息をついた。隣にいる攻児も疲れた顔をしている。
今日は裏口から入ってきたが、明日は入れるか分からない。
今は裏口があると言う事を知らない彼女達も、明日はどうか分からないからだ。
砦内は女人禁制。
それを理由にして娘達が砦内に入る事を防いでいる。
が、が居る事が分かればそうはいかないだろう。
俊宇はちらっとを横目で見た。彼女の方はそれに気付いていないようだ。


「…、今日はもう帰っとき?」

「?」

「今日中になんとかするから…な?」


は分かった、と一言残し席を立った。
此処に自分が居てどうにか出来る問題でも無い。
何より俊宇が自分を気遣ってくれているのが分かったから。扉に手を掛けて振り返る。


「また明日、ね」


確認するように少しだけ語尾をあげて。
あぁ。と俊宇が笑うのを見届けて扉に掛けていた手を離した。バタン、と背中越しに扉の閉まる音を聞いた。
裏口からそっと砦を出て、山道を娘達に見つからないように慎重に降りる。
そんなの心の中は少し複雑だった。
俊宇は朱雀七星士の翼宿で、山賊の頭もやっていて…。
それに比べて自分は?有名呉服店で働いてはいるが、それが本当に自分のやりたい事なのだろうか。
幼馴染なのにこんなに違う。近いようで遠かった距離が益々遠くなったような気がした。








        ■ □ ■ □ ■








翌日の朝、至t山は昨日とは打って変わって静かだった。
昨日は朝早くからあんなに沢山の娘達が居たのに…。
不思議に思いながら、一歩一歩砦に近づいていく。結局、砦の入り口まで誰とも会う事は無かった。
砦内も昨日に比べれば落ち着いている。本当に何があったのだろうか…。

カチャ

いつもみたいに音を立てる事無く、扉を開け中の様子を覘く。
窓から太陽の光が差し込んでいる。その光との間に彼が居た。オレンジ色の髪が太陽の光を反射する。
気配に気付いたのか、俊宇はそっと後ろを振り返った。と目が合うとニッとキバを見せて笑う。


「な?何とかなったやろ?」

「…、どうやって…?」


は一歩俊宇の部屋の中に踏み込み、扉を閉めた。
あんなに沢山の娘達が本当に一日で引き下がるなんて…。そんなの表情を見ながら、俊宇は話した。
七星士の仲間・井宿に、似顔絵そっくりに化けてもらいそのまま旅に出てもらった事を。
俊宇から聞いた七星士の旅の事を思い出した。その中に狐顔の僧侶が居たっけ…?と。
術を使って別の人に化ける。そんな次元の違う話には苦笑した。
七星士・翼宿としての俊宇が遠く感じる。こんなに近いのに、何処か遠い。


「凄いね、翼宿は」

「翼宿なんて言わんといてや。に言われるとなんか…くすぐったいわ」


俊宇は軽く屈んでと目線を合わせた。
の表情が少しだけ暗くなったのに気付いたから。
大きな手を彼女の頭に乗せて、ぽんぽんと軽くたたいた。


「どないしたん?顔色悪いで?」

「何でもないよ。大丈夫」

「…大丈夫ちゃうやろ?」


少し語尾が強くなる。
どうしてこの人は…、普段は鈍いくせにこんな小さな変化に気付いてしまうのだろう。
どうしてこの人の瞳は…、あたしに嘘をつけなくさせるのだろう。
は溜息と共に軽く苦笑した。


「……なんか、遠いなぁって思っただけ」


その言葉での言いたい事を理解したのか、今度は俊宇が溜息をついた。
彼女の顔を見ないように少し目線をあげて、自分の方へ引き寄せた。
しっかりと彼女を片手で抱きしめて、にしか聞こえないような小さな声で一言。


「遠くなんかないで。…俺、の事好きやもん」


が顔をあげようとすると、俊宇の手に力がこもった。
ちらっと見えた彼の耳が赤いのに気付き、の口元が緩んだ。
俊宇の背に手を回し彼の胸に顔を埋めた、彼も自分と同じ気持ちだった事が嬉しくて。


「そっか。遠くないよね…」















「あたしも好き」










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