+ 無料配布ハロウィン小説その二・井宿×翼宿 +
「ええもんくれへんと、いたずらするで!」
井宿の部屋に、いつものように遠慮なく入ってきた翼宿は
そう叫んで両手を大きく広げていた。
井宿はしばらく呆然としたあと、ふっと微笑んだ。
「いいもの、というのはオイラにとってのいいもの、ととっていいのだ?」
と言って、翼宿の服に手をかけようとするが
翼宿はいち早くそれを察してひらりと身をかわした。
『ちっ、このごろ賢くなってきたのだ。』
「あほ!俺にとってのええもんや!」
少し悔しそうな井宿を見て翼宿は『ざまぁみろ。』という表情を浮かべた。
しかしそんな表情でさえ、井宿はかわいいと思ってしまう。
「なんなのだ、それは?新手の遊びなのだ?」
「美朱の世界の、ある国のお祭りみたいなもんやて。」
『お祭り?』と井宿が聞き返して翼宿は
扉を閉めて、寝台にどかっと座り込んだ。
「せや。
なんやお化けや妖怪の仮装して
家まわっておかしもらうらしいで。」
「…面白いお祭りなのだ。」
この世界にはない風習だ。
「美朱の住んどった国でも、あんまやらんようやで。」
「ふーん。」
もともはいくつか違う文化の祝日が重なってできたらしいが、
今では一般的に子供たちが仮装して家をまわって『Trick or Treat!』と叫び、
そこでお菓子をもらうということらしい。
「…あんまり理解できないのだ。」
「俺もや。」
二人で小さく笑う。
「調べようにも、美朱の世界のことはこっちじゃ
調べられへんしなー。」
「翼宿はそれをやりたいのだ?」
翼宿は腕を組んで少しうなる。
「楽しいんやったらええけどな。
そないな余裕…ないやん。」
翼宿は少し切なそうに笑って空を見上げる。
それにつられ、井宿も空を見上げた。
星の綺麗な、夜空だ。
「…そう、だな…。」
紅南国は決して豊かとはいえない。
星宿のおかげでなんとか内戦も起こらずにいるが
貧しい村々はあちこちにある。
そんな中で自分たちだけがそんなことをやっていいはずがない。
それに自分たち朱雀七星士には朱雀の巫女である美朱を守り、
朱雀を召還させるという任務がある。
「翼宿も一応自覚してたのだ。」
「当たり前や、阿呆。」
二人はまた小さく笑う。
そして二人でまた空を見上げる。
こんな、何もしない静かな時間が井宿は好きだった。
翼宿と楽しく話をするのもいいし、抱き合っているときも好き。
でも、こんな時間もたまらなく好きだ。
「んで、ええもんあらへんのか?ええもん。」
翼宿がいきなり振り向いて、にかっと笑った。
そこにさっきまでのせつなさは微塵もない。
井宿は少しあっけにとられたあと、『しょうがないな。』と
つぶやいて部屋の奥においてある酒瓶をとる。
「これでいいのだ?」
「おう!」
翼宿は嬉しそうに笑う。
井宿の部屋には常時酒が用意されている。
それはもちろん、愛しの翼宿のため。
翼宿は大の酒好きだ。
大体の場合、井宿よりも先に酔いつぶれてしまうのだが
その酔った感覚が好きなのか酔っているときの彼は実に幸せそうだ。
「そういえば。」
「ん?なんや?」
杯に口をつけた翼宿が不思議そうにたずねた。
「オイラの村ではこの時期、感謝祭をやっていたのだ。」
「ほー、感謝祭。」
こくん、と井宿はうなずく。
時は秋のはじめごろ。
村々は収穫の用意に大忙しの時期だ。
「収穫祭、とも言うのだ。
今年の収穫をありがとう、と、
神様や精霊様に感謝するお祭りなのだ。」
収穫した穀物、果物、野菜、肉、魚などの中から
とびりきのものをお供え物にして。
その日は夜の間ずっと祭りだ。
食べて、飲んで、歌って、騒いで。
とても楽しい一日で、幼いころも楽しみだった。
「いつも…飛皇と香蘭と一緒だった。」
ふと、井宿の瞳が悲しくなる。
多分昔の親友と恋人を思い出しているのだろう。
こんな井宿を見るとき、翼宿は自分が非常に無力に思える。
自分は何もしてやれない。
彼にかける言葉を、自分は持っていない。
下手に言葉をつむいでも逆に井宿を傷つけてしまう。
普段はがさつな翼宿だが、井宿のこととなると必要以上に気を使う。
「もう、戻らない時間だけど…。」
そう、あの時間はもう戻ってはこない。
香蘭も飛皇も、もうこの世にはいないのだ。
今にも泣き出しそうな井宿の表情に翼宿は何もいえずにはいられなかった。
「…でもな、井宿。」
少し、声が震えているだろうか。
「時間は、動いとるんやで?
その中で…俺らと、新しい思い出作っていったらええんちゃう?」
もう過ぎた時間は戻らないけれど、これからもまだまだ時間はある。
つらい思い出は消せないけれど、新しい思い出を作っていける。
翼宿はそれを伝えようとしてくれている。
井宿は愛しい気持ちでいっぱいになって翼宿を見つめる。
「ありがとうなのだ、翼宿。」
「べ、別にええよ。」
ぷい、と照れて赤くなった顔を背ける。
まっすぐでストレートな(翼宿にいわせればストレートすぎな)
愛情にまだまだ慣れてくれない翼宿。
けれど、今はそれでいいと思う。
翼宿のいうとおり、まだ時間はあるのだから。
「今度、感謝祭に行ってみるのだ。」
「へ?ほかんとこでもやってるんか?」
「翼宿の村ではやってなかったのだ?」
翼宿は『うーん。』と少し考え込んだ。
「よう覚えてへんなぁ。
確かに、なんや小さな祭りをやった覚えはあんねんけど。」
そんな翼宿に、井宿は苦笑した。
「感謝祭とかは地域によっても特徴があるのだ。」
「へぇー。」
そう、たわいもない話を続けてしばらく。
すでに夜遅くなっていた。
「翼宿、そろそろ寝ないと明日に響くのだ。」
「もうそないな時間か。」
夜空を見るとなるほど、月は空高くあがっているどころか
沈みかけてさえいる。
「ほら、『いいもの』をあげたんだからさっさと部屋に帰るのだ。」
井宿はそういいながら杯と酒瓶を片付ける。
「ええんか?」
「え?」
振り返ると、妖艶な微笑みを浮かべた翼宿が上着を脱いでいた。
そのしぐさに心臓がどくん、と大きく鳴る。
「井宿にも『ええもん』やろうて思たんやけど。
ええんか?」
「…反則なのだ。」
井宿は小さく笑って、翼宿の方へと歩み寄る。
風呂に入ったあとだから翼宿の髪の毛は指ですくうと
さらさらと指の間から流れ落ちる。
「いらへんのやったら俺はかまへんで?」
立ち上がろうとした翼宿を井宿は無理やり押し倒し、深い口付けを与えた。
翼宿もそれがわかっていたのようで、それに答える。
お互いの唇をしばらく味わってから二人は顔を見合わせて笑った。
「スケベ。」
「誰のせいや、誰の。」
翼宿をこう教育したのは、ほかでもない井宿だ。
「だったらオイラはそんなすばらしい教育を
翼宿に施したオイラ自身に感謝なのだ。」
「いっとれ。」
くすくすと小さく笑う。
「これも新しい思い出やな。」
「…そうだな。」
翼宿の体はもう、飽きるほど抱いた。
しかし抱くたびに新しい何かを発見する。
翼宿とすごす一日は前の日とは違う一日。
それが蓄積されて思い出となっていく。
「感謝祭、いっしょに行こな。」
「ああ。」
感謝祭。
それは、一年の収穫や実りを神々や精霊に感謝をささげる祭り。
ならば自分は翼宿に出会えたことに感謝しよう。
かけがえのない、愛しい人に。
☆管理人からのコメント☆
柊様のサイトでのFDL小説です!!
もう、またまたホントに素敵です(*^−^*)
ホント、自分にこれだけの文才があればな〜って思います〜
あ〜翼宿、誘い受けだよ〜(>▽<)
もう萌え萌え〜vvv(爆)
「翼宿を教育する」みたいな井宿の発言、もう叫びまくりでした〜
翼宿可愛い〜vvvvv
↑上との脈絡不明(爆)
いつも、こんな私に、素敵な小説を恵んでくださる(というか、今回は無理やり(?)貰ってきてるし(爆))柊様は、ホントに神様のような方です!!
本当にありがとうございました!!
※HP用に多少加工いたしました。
尚内容はまったく変わりありません!