七夕の夜空に、祈りを込めて

年に一度しか会えぬ恋人達に祝福を―。







蒼の星と藍の星





母親の療養を兼ねてやって来たこの村。
周りの人は皆とても親切で、大きな隣村での買い物は便利としか言いようが無い。
空気も綺麗だし緑も多い。両親はそんな理由でこの村を気に入っていた。
はそれとは別に、此処を気に入ったもう一つの理由がある。


「あ、。おはよう!」


隣の家に住む彼。
笛を得意とする優しい青年、懐可。挨拶に行った日に柄にも無く一目惚れ。
かっこいい、それがよく当てはまる容姿と穏やかな物腰。
人一倍優しいが、周りに流されない"自分"をしっかり持った人。
がこの村に来てもうすぐ一年。今の二人の関係は友達以上恋人未満。








        ■ □ ■ □ ■








この村では毎年七夕の夜には大きな祭りが開かれる。
村人全員の願いを乗せた大きな笹が、星空に向かって「願いを叶えて」と揺れる。
短冊には様々な願いが込められている。家族の安全を祈るもの、自分の夢を願うもの。
そして幸せな恋の行末を祈るもの。


は短冊何書くー?」


願い事なんて改めて聞かれると分からないもので。
あれもこれも、なんて欲張りな事は言わない。一つにするとなるとどれにしようかと悩む。


「うーん…。」


軽く首を捻ったものの、すぐには決められそうに無い。
そのまま考え続けている訳にもいかないので、は「夜までに考えるよ」と苦笑した。
会話は夜の七夕祭りの事で持ちきりだった。
一人の子がおばあちゃんに聞いた話なんだけど…と七夕の物語を話してくれた。
彼女が話す物語はが聞いた事のあるそれとは少し違った、織姫と彦星の恋物語。
天の川を渡り、年に一度だけ会う事の出来る恋人達。
聞いた話と違うのはここから。恐らくこの村にのみ伝わっているのだろう、幸せな結末。



         一年に一度

      それは愛し合う者達にとってはとても長いもので。

      二人を(離れさせて)幾つかの季節が巡った時、織姫の父は言った。


      「数ある蒼の星の中から、藍の星を探せ」


      気の遠くなるような、本当にあるのかさえ分からないような…。

      それでも二人は昼間くたくたになるまで働いた後、夜眠る前に必ず星を探すようになった。

      藍の星を見つけ、再び愛しき者と共に時を刻むために。二人が願うのはただ隣で笑い合う事。

      季節は巡り、七夕の夜を翌日に控えた日。

      二人は同時に藍の星を見つけた。探しても探しても、見つかる事のなかった藍の星を。

        翌日の七夕の夜。織姫と彦星は地上に降り立ち、その星と眩しいばかりの満月が見守る中、永久の愛を誓った。

      それ以降、天の川が二人を別つ事は無くなった。





「で、隣村の名前が藍星村って訳よ。」

「え?ここら辺の話なの!?」

「そうそう。ちなみに愛を誓った〜ってのは、あの森の崖のコト。」


空に一番近い場所。
その崖はそう呼ばれていた。緑の森の中、沢山の木々に囲まれた其処。
崖から見る夕陽が綺麗だというのは聞いた事ある。事実、も其処から夕陽を見たことがあった。
少し手を伸ばせば届いてしまいそうなほど、其処から見る空は近かった。
まるで空が全てを飲み込もうとしているかのようにも感じられる。それほどまでに、近い。
確かにあの場所なら空から降りてくるのにも問題は無い。


「あーあ。アタシもいつかそんな風になれたらなぁ…」


そんな言葉に、其処に居た女の子達が揃って首を縦に振る。勿論、も。
女の子達は皆心の何処かで物語のお姫様に憧れている。
いつかきっと現れる自分だけの王子様を夢見ながら。








        ■ □ ■ □ ■








夕刻。
祭りが始まると、楽器が弾ける者はそれを取り、他の者は広場で友や恋人と踊る。
キラキラと輝く星の下にぼんやりと灯された幾つもの明かり。
皆で持ち寄られた豪華な料理と御酒。日頃の疲れを取るかのように踊って笑って、人々は夜を明かす。
笛が得意な懐可は笛を。は酒の入った大人達の少々強引な薦めにより、その美しい歌声を広場に響かせていた。
幻想的な光景の中に、軽快な笛の音と美しい歌声が響く。
楽しい時間は過ぎて行き、そろそろ月が真上に昇る時間。
その間に子供達は家へ、大人達は家に戻るかそのまま酔いつぶれているかの二つに分かれた。


「ちょっと、抜けない?」


トントンと軽く肩を叩かれ振り返る。其処に居たのは穏やかな笑顔の彼。
近くにある焚火の赤い炎が、の頬が少し朱色に染まったのを隠している。
が軽く頷くと懐可は優しく微笑んでその手を取った。そっと二人は祭りの会場を抜け出した。








        ■ □ ■ □ ■








懐可に手を引かれるままに歩いてきたのは、森を抜けた先にあるあの場所。
夜の森はほとんど音も無く静か、でもその中に時折聞こえてくる物音が恐怖を誘う。
伝説の中で織姫と彦星が永久の愛を誓った場所。空に一番近い場所とされている其処。
此処なら星がよく見えると思って…、微笑む懐可にも穏やかに微笑んだ。


「天の川ってどれか分かる?」

「あぁ、それなら…」


沢山ある星を辿るように指していく。
耳に心地いい彼の声がすっと入ってくる。丁寧な説明は彼の性格が出ているような気がする。
二人の会話は弾み、夜の森特有の怖さは感じなくなってきた。
遠くで吼える狼達の遠吠えも、時折風によって揺れ木々が擦れる音も。始めはあんなに怖かったのに。
話題は移り変わる、昼間聞いた伝説の話、賑やかだった祭りの話…。


「去年も七夕の前に越してきてたらお祭り出れたんだよね…。
 惜しいなぁ、懐可の笛聞きたかったのにー。…懐可は小さい頃から祭りで笛吹いてたの?」

「多分、ね。……記憶が、無いんだ。16くらいまでの記憶が。」


予想外の言葉には驚いて、でもすぐにゴメンと謝った。
懐可は気にしないでと苦笑し、ぽつりぽつりと記憶の事を話し出す。
時々昔の記憶らしきものを夢に見る事。両親に聞いても曖昧な答えしか返ってこない事。
いつも人の事を気づかい、誰にでも優しくする彼が見せる己の弱い部分。


「時々僕が僕ではないような気がするんだ。…僕は……」


僕は誰なんだろう
そう不安になって。僕の心には無い、昔の自分の記憶。
何故僕は記憶を失ったの?父さんと母さんと過ごした、幼い頃の記憶が無いのは寂しい。
でも、思い出してしまったら何かが変わってしまうような気もして。


「でも、あたしは懐可が懐可でよかったと思うよ?」


貴方が過去の記憶を望むのは分かる。でも…。
は藍色の瞳をそっと細め、やわらかに微笑んだ。
満天の星空の下、伝説の織姫を思わせる美しい笑顔で。


「今あたしの目の前に居るのは懐可でしょ?
 過去の記憶なんて関係無い。大事なのは今なんだから」


今度は彼が驚く番。
そんな事を言われるとは思っていなかったのか、彼は大きく目を見開く。でもそんな表情は一瞬だけ。
再び口を開いた彼の言葉の最初の一文字は、の声によってかき消された。


「あー!あれ流れ星!!懐可、ほら願い事願い事!!!」


先ほどの織姫の微笑みは何処へやら。
自分と同じ年とは思えないほど幼く見える笑顔で、無邪気に笑う。
流れちゃった…、と残念そうに肩を落とす姿もまるで幼い子供のよう。穢れの無い綺麗な心を持った証だろうか。
懐可はそんなの様子に苦笑し、夜空を見上げた。その姿は藍の星を探す彦星のようにも見える。
の藍色の瞳と、伝説にある藍の星。同じ色を持つその二つはいつの時代も彦星を捉えて放さない。


「願い事決まった?短冊間に合わなかったんでしょう?」

「うーん、まだ迷ってたり…。」


首を傾けて考えるような仕草を見せた後、はあっと声を上げて立上った。
夜空の天の川に手を伸ばし、その透き通る声をそこに届ける。


「ずっと、ずっと平和に"今"が続きますよーに!!!」


クルッと懐可に向き直り、満足そうに笑う。 二人はどちらからともなく、額をくっつけ笑い合った。
懐可は心の中で七夕の夜空にもう一つ願い事をした。でもそれはには内緒。









もしまた 僕が苦しみ悩む事があった時

それを 一緒に考えてくれる人がでありますように











  ☆管理人からのコメント☆

夏海ちゃんのサイトで配布していた七夕記念小説★☆
私は忙しさのあまり七夕イベントは断念したんで・・・夏海ちゃんをマジ尊敬です(>▽<)
しかも、めっちゃ素敵だし〜vvv
亢宿素敵だよ〜〜〜〜〜
亢宿なら、彦星もすっごく似合いそうv
きっと優しくカッコよく素敵な彦星でしょう・・・
そして、会えない状況をなんとしても打破してくれそうv
う〜〜亢宿大好きだよ〜〜〜〜vvv(爆)

夏海ちゃん、いつも素敵な小説をどうもありがとう(>▽<)


※HP用に多少加工いたしました。
 尚内容はまったく変わりありません!